ともに大阪府で生まれ育ち、出会い、結婚後もずっと大阪で仕事と子育てをしてきた中川さん夫妻。
ご夫妻にとってまったく縁もゆかりもなかった大熊町が、なぜ家族にとっての新天地となったのか。
そこには、かけがえのないふたりのお子さんの「いま」と「これから」を見据えた家族愛がありました。
ご結婚された年にコウタくん、翌年にミサキちゃんを授かり、4人家族として暮らしてきた中川透磨さん・有里さんご夫妻。
仲のいい家族が新たな暮らしを模索することとなるきっかけは、大切なお子さんふたりが突き当たった壁でした。
透磨さん「上の子が不登校になり、1年ぐらいの間はどうしたらいいのかずっと悩んでいました。でも、“それまで通っていた学校に無理やり行かせる”あるいは“不登校のままでいる”ではなく、それ以外の選択肢はないか、と考えたときに、家族そろって子どもが通える学校があるところに移住するという選択もあるんじゃないか、と思ったんです」
有里さん「下の子も、“お兄ちゃんが大変そうだから、せめて自分はちゃんと学校に通わなきゃ”と思い詰めてしまったようで、夜もあまり眠れなくなって笑顔が減って、そのうちやっぱり学校に通えなくなってしまって。ふたりが無理せず楽しく通える学校はないか、といろいろ探しました。鳥取、山口、三重、福井……。でもどこもピンと来なくて。小中一貫校もいいかもね、とさらに探していたら、『大熊町立 学び舎 ゆめの森』がヒットしたんです」
透磨さん「自由度の高いスタイル、小中一貫校という私たちが模索していたかたちに合致するところはもちろん、今年開校という新しさにも惹かれました。子どもも、もういちどスイッチを切り替えて通えるんじゃないか、と」
お子さんのことを第一に考え、夫妻で出した結論は移住でした
開校したばかりの『大熊町立 学び舎 ゆめの森』
『大熊町立 学び舎 ゆめの森』の存在を知ることで、初めて大熊町という存在を知ったに等しいおふたり。まずはどんなまちなのかを知ろうと、大熊町が用意している「お試し住宅」で2泊3日の移住体験宿泊に申し込みました。
透磨さん「2023年の5月に申し込んで、6月最初の週に2泊3日の滞在をして。それから1ヵ月後にはもう移住してました(笑)。最初は“何回か来てみてもいいよね”というつもりだったのが、『ゆめの森』を見学したその日の夜には、子どもたちが“ここにずっと通いたい”と言うんです。在校生の皆さんと一緒に遊んだのがとても自然で、楽しかったようでした」
有里さん「ミサキも、あんなに眠れなかった子が学校見学の夜にはぐっすり寝ていて。私たち親としても、校長先生とのお話にすごく頷けたというか、“こんなふうに子どものことを考えてくれる学校があったんや”と驚いたんです。私がいちばん悩んでいたのは、コウタのゲーム依存についてだったのですが、『なんで止められんのですかねえ』と訊いたら先生は、『そりゃそうですよ。ゲームメーカーは依存させようさせようと作ってるんですから。子どもが止められないのが悪いんじゃなく、どうコントロールするか、という方法をその子ごとに見つけていかなきゃいけない』と。また、ゲームをするコウタの様子を見て、『その集中力はすごいね』と褒めてくださったんです。『その集中力を違うところに向けたら、きっとすごい才能を発揮しますよ』と言ってくれた。こういう考えかたをする学校なら、子どもたちもきっといい成長をしてくれると思い、移住を決めました」
校長である南郷市兵さんの教育理念にも大いに共感
ふたりのお子さんも楽しんで登校するように
移住を決めた中川さんご夫妻にとって、次にクリアすべきハードルはやはり仕事と住居。
この国の社会システムにおいては、まだまだ「仕事がないと家が借りられない、家がないと仕事に就けない」という大きなジレンマに悩まされることも多いはずでした。
透磨さん「移住体験宿泊に申し込むとほぼ同時に、大熊町内の再生賃貸住宅の募集に応募しました。倍率はとても高かったけれど、新しくてきれいで、学校にも近くて、家族4人で住むのにちょうどいい広さだったから、“当たったらラッキー”というつもりで。仕事もいくつかの会社に応募していましたが、 “いま応募している会社が全部だめだったとしても、これから発展していくであろうこの地域なら、仕事もきっとある、生まれてくるはずだ”と思えました。実際には、移住を決めるより先に連絡をくれた会社があって、「子どもさんはどうですか?もし移住を本当に決めたのなら、うちの会社でよければ来ませんか?返事は落ち着いたらでいいからね」ととても嬉しい内定の言葉をいただいて。そして、移住体験宿泊から帰ってきた翌日には再生賃貸住宅に当選しましたよ、という連絡をいただいたので、もう家族の心は決まりました」
大熊を襲った震災と、それからの物語を演劇に。ミサキちゃんは妖精役で出演
脚本は生徒ひとりひとりに宛て書きしたように、コウタくんの個性にぴったり
有里さん「ほんとうに、ここに住むことを決めてから困ったことがないんです。来る前も、来てからも。もう本当にスムーズで。移住を決めました、と『ゆめの森』の先生にお話ししたら、じゃあ、こちらに来たらすぐに通えるように手続しましょう、とすぐに役場の方と連携して動いてくれて、7月に引っ越し。もちろん、移住を考える以上、小児科のある病院とか、暮らしに必要なものを買えるお店とかもいろいろ調べました。その結果、『ここだったら通えるね』という病院や店を見つけて納得して来たんです。自然とか、ご近所づきあいとか、昔ながらのものがちゃんと残っていて、その上で子どもたちがいきいきと勉強できる環境がある。新しいものは、これからどんどん増えていく。長いスパンで見たら、こんなにわくわくできるまちはないと思いますよ」
新しい歴史が始まる学校で、新しい教育を
家族4人がそれぞれまったく新しいことに楽しみながらチャレンジ